2025年4月17日午後4時ころ、大阪・関西万博において、会場西ゲート付近で、警備員が来場者に土下座するという事件があり、その様子を撮った動画がニュースなどで取り上げられました。
2025年4月22日18時10分配信のJ-CASTニュース「動画拡散で波紋、万博で警備員はなぜ土下座したのか万博協会が明かした意外な経緯」(編集部野⼝博之)や拡散された動画などを確認する限り、概ね以下の経緯があったとのことです。
➀ 警備員が来場者から駐車場の場所を聞かれたが、警備員は正確な場所が分からず、デジタルサイネージ(電子看 板)を案内した。
② 来場者が「なぜ分からないんですか?」と警備員を詰問したため、警備員は謝罪した。来場者は、その場所へ向かった。
③ 警備員がその場所へ無事に行けるのか確認しようとしたところ、来場者は警備員に対して大声を出して詰め寄った。その際、警備員はにらんでいると誤解されている可能性があると感じた。
④ 警備員は身の危険を感じて、その場で自ら土下座した。
⑤ 土下座をしている警備員に向かって、来場者は腕を組みながら大声で「土下座なんか・・・」などと叫んでいた。
以上の経緯で自主的に土下座するに至ったわけですが、こうした来場者の行為はどのように評価すべきでしょうか。
まず、強要罪に該当するか否かを述べます。
強要罪とは「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した」場合に成立する(刑法223条第1項)ところ、上記のJ-CASTニュースの取材によると、万博協会は「土下座しろと言われていないと聞いており、土下座を自らの意思で行った」とコメントしたとのことですから、前後の発言の内容は不明ですが、強要罪が成立する可能性は低いでしょう。
とはいうものの、強要罪が成立しないからと言って、カスハラにならないわけではありません。
それでは、カスハラに該当するのでしょうか。
万博協会によれば、➀のデジタルサイネージを案内した行動は適切だったとしていることから、警備員の行動には落ち度はないと言えます。このように警備員の落ち度はないにも関わらず、②で来場者から詰問され、警備員は謝罪したのですが、その後、来場者は③で警備員に対して大声を出して詰め寄っていました。これらに対して、警備員は④で身の危険を感じて自ら土下座したとのことです。⑤では、警備員が土下座をした際に来場者は、「土下座をやめてください」と冷静に話すのならともかくとしても、そうしたことをすることなく、腕を組んで土下座する姿を見下ろしながら、何やら大声で叫んでいました。
これらの来場者の言動や警備員の反応からすれば、来場者の言動は威圧的であり、社会通念上不相当な行為であったと言えますし、警備員の就業環境を悪化させるものだったと言えるでしょう。
従いまして、一連の来場者の言動はカスハラに該当すると言わざるを得ません。
これに対しては、顧客を罠にしかけるためにあえて土下座した場合と区別がつかないのではないかとの反論が考えられますが、前後のやり取りを確認したうえで、土下座に至る過程で顧客に暴言や威圧的な言動があったのであれば、土下座の要求の有無に関係なく、カスハラに該当することになるでしょう。
今回のケースで問題なのは、万博協会の対応です。
上記のJ-CASTニュースの取材によると、万博協会は、「⼟下座しろと⾔われたわけではないと聞いており、⾃らの意思でしたということです」、「⼟下座については、特に定めていませんが、警備員が突発的に取った⾏動だと聞いています。これが適切かどうかについては、特に判断していません」とのコメントを出したとのことです。
万博協会としては、土下座については、警備員が自主的に行った行動であるから、組織としては関知するものではない、また、土下座が不適切との判断もしていないということですが、要するに、従業員(警備員)が土下座するかどうかは個々の従業員(警備員)の自主性に委ねているということなのでしょう。
しかしながら、従業員(警備員)の自主性に委ねられても、従業員(警備員)の側から見れば、恐怖を感じてそこから逃れた一心で土下座してしまった場合であっても、組織としては、「自主的に行った」の一言で片づけられる可能性がありますから、安心して業務を行えないことになります。
カスハラ対策は、接客業務の延長で行われるものではなく、職場環境改善策の一環として行われるものです。万博協会の姿勢は、個人的な接客対応が行き過ぎたものという程度の認識であって、従業員個人に責任を負わせるもので、組織的な問題として捉えているようには見えません。カスハラはパワハラやカスハラと同じくハラスメントの一種ですから、ハラスメントの原因を組織的に除去することが必要なのですが、万博協会の対応はそうしたものとは言えません。
そもそも万博協会の通常業務において、土下座が必要になる場面はありません。たとえ土下座を自主的にであっても、組織内に土下座が許容する雰囲気があること自体が問題なのであり、そうした雰囲気が払拭されない限り、万博協会の業務でカスハラを防ぐことはできないと思われます。
2025年4月28日、万博協会がカスハラに関する基本方針を公表しました。カスハラに該当する行為がある場合には、「入場を許可せず」、あるいは、「退場いただく」とのことです。要するに万博協会として毅然とした方針を示したと言えるでしょう。
しかしながら、毅然とした方針に基づきカスハラ対応を実際に行うのは現場の従業員なのですが、それを実行するのは容易なことではありません。仮に自主的な土下座を許容する雰囲気が残っているのであれば、なおのこと毅然とした方針を実行するのは難しいと言えるでしょう。
従いまして、万博協会の対応には、報道が事実だとすれば、組織的に従業員をカスハラから守る姿勢に欠けていると言っても過言ではなく、問題があると言わざるを得ません。