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会社が対抗手段としてカスハラ加害者の顔写真や動画をSNSなどで公開するのは許されますか?(上)

カスハラ加害者の顔写真を店頭に張り出したり、カスハラ場面の動画をSNSやホームページに載せたことは、法律上許されるのか。

カスハラ被害を受けた会社がその対抗手段としてカスハラ加害者の顔写真やカスハラ場面の動画を公表することがよくあります。カスハラ行為をしたら、顔写真や動画が公表され、カスハラ加害者が世間の非難に晒(さら)されるという警鐘を鳴らすことを意図しているのかもしれません。

これは、裁判所や捜査機関の手を借りずに、自己の被害を回復しようとすr行為で、いわゆる自力救済に当たり得るものです。

自力救済とは、権利に対する侵害があり、法律上の正規の手続による救済を待っていては時期を失して当該権利の回復が事実上不可能になるか又は著しく困難となる場合に、私人が実力によってその救済を図る行為をいいます。このような自力救済(刑事では「自救行為」といいます)は許されるのでしょうか。

自力救済は、権利に対する侵害された状態が継続している場合に行われるものと解されています。

最高裁判所は、昭和40年12月7日の民事判決で、「私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許されるものと解することを妨げない。」と判示して、自力救済を原則禁止としたうえで、例外的に認められる範囲を厳しく制限しています。

この判例の趣旨に照らすと、カスハラ加害者の顔写真や動画を公表することは、カスハラを受けている状態が継続しているとはいえないため、「緊急やむを得ない特別の事情が存する場合」に当たらないので、自力救済としては許されないことになります。

では、カスハラ加害者の顔写真や動画を公開することは、何らかの罪に問われないのでしょうか。

会社が顔写真や動画を公開するという対抗措置を行った場合には、会社の意図にはカスハラ加害者の社会的評価(名誉)を低下させようというものが含まれていることは否定できません。

しかしながら、仮にカスハラが真実であっても、名誉毀損罪が成立する可能性があります。

というのも、刑法は、真実を暴露しても、名誉毀損罪が成立するとしているからです。

刑法は、名誉毀損罪について「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」と定めています(刑法230条1項)。

名誉毀損とは、公然と具体的な事実を摘示して、特定の個人や法人の社会的評価(名誉)を低下させることです。

とはいえ、真実を暴露することが、社会のために必要な場合もあることから、刑法は、一定の要件のもとに例外を認めています。

すなわち、公然と摘示した具体的な事実に、
➀公共の利害に関する事実(以下「事実の公共性」といいます)が認められ、
②専ら公益を図る目的(以下「目的の公益性」といいます)があり、
③それが真実であることの証明(以下「真実性の証明」といいます)があれば、
名誉毀損罪による処罰が否定されるとしています(刑法230条の2第1項)。

そこで、写真掲載に、これらの➀から③の要件を満たすのかを検討する必要があります。

「事実の公共性」とは、国民が民主的自治を行う上で知る必要のある事実をいいます。そして、人の犯罪行為に関する事実の場合は、無条件に「事実の公共性」があるとされています(刑法230条の2第2項)。

したがって、私人の不当なクレームにとどまる単なるカスハラは、「事実の公共性」があるとは言えませんが、カスハラの際に、顧客等からのクレーム・言動の要求を実現するための手段・態様が、脅迫罪(例えば、従業員を脅した)、恐喝罪(例えば、従業員を脅してお金を取った)又は強要罪(例えば、従業員を脅して土下座させた)に明らかに該当し、私人でも現行犯逮捕できるだけの犯罪の明白性が認められるのであれば(刑事訴訟法212条1項、213条)、それは「人の犯罪行為に関する事実」になります。

このような場合には、「事実の公共性」の要件を満たすことになります。

そうすると、「写真掲載の人が(例えば、「土下座を強要した」)カスハラ加害者である」という内容には、「事実の公共性」が認められます。

「事実の公共性」が認められる場合には、次に、「目的の公益性」が問題になります。
「目的の公益性」とは、その事実を摘示した主たる動機が社会全体の利益を図るという目的のことをいいます。主たる動機が、個人的な恨みを晴らすとか、特定の個人の社会的評価(名誉)を低下させるものではなく、社会全体の利益を図るという目的であれば、この要件を満たします。そうすると、要件上、「目的の公益性」は「事実の公共性」が認められることが前提となるので、単なるクレーマーは除外され、犯罪を犯しているカスハラ加害者が対象になります。

とすると、カスハラの際に犯罪に及ぶ人に警鐘を鳴らし、犯罪に当たるカスハラを防止したいという動機の場合であれば、要件から考えて、企業側が、写真掲載することも許されるように見えます。

しかしながら、企業側が意図する動機は、社会全体の利益を図るという目的よりも、カスハラ対策の一環として、企業の自己防衛の観点から、今後カスハラがあれば、写真掲載によってカスハラ加害者を特定し、世間の目に晒すことになるという警鐘を鳴らして、カスハラを防止したいという点にあるものと考えられます。

また、会社の立場からすれば、カスハラに及ぶ人に警鐘を鳴らし、社会問題となっているカスハラを防止するには、写真掲載が最も効果的な方法というのかも知れません。

しかしながら、法治国家である以上、私的制裁は禁止されています。しかも、企業の判断だけで、写真掲載を許せば、犯罪に当たらないカスハラ加害者や正当な抗議者までも、あたかも犯罪者であるかのような印象を与えることになり、無実の人を犯罪者として世間の目に晒すおそれもあります。

犯罪が起こった場合は、捜査機関に通報するなどして、検察官や裁判所に処分をゆだねるのが原則ですから、カスハラ加害者の顔写真や動画を捜査機関に提供して、捜査を進めてもらうのが最善の方策です。そうすることで過度なカスハラに及ぶ人に対する警告になり、カスハラ対策に悩む企業全体のためにもなると言えます。

以上から、一般的には、写真掲載に「目的の公益性」があるとはいえないため、名誉毀損罪が成立する可能性がないとは言えません。

もっとも、カスハラ加害者が多数の企業に対し、犯罪に当たるカスハラを組織的に行う事態が想定されるのであれば、写真掲載は、社会全体の利益を図るという目的にかなうといえましょう。

その場合には、「事実の公共性」及び「目的の公益性」の両方の要件が満たされるので、そこで初めて、その事実の「真実性の証明」が問題になります。この「真実性の証明」は、事実の摘示をした者が、自ら摘示した事実について、積極的にそれが真実であることの証明をしない限り、処罰は免れないとするものです。

「真実性の証明」は困難であることが多いとされていますが、最高裁判所は、昭和44年6月25日の大法廷刑事判決で、「たとい刑法230条の2第1項の事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないものと解するのが相当である。」と判示しています。その趣旨は、本稿の場合であれば、カスハラが犯罪に当たるという事実を完全に証明できなくても、諸般の事情から、誰しもが「カスハラが犯罪に当たることは間違いのない真実だ」と信じることがやむを得ない場合には、仮に証明に失敗しても、カスハラ加害者の名誉を毀損するという故意がなく、罪にならないということを意味します。

したがって、理論的には、企業が写真掲載しても、名誉毀損罪が成立しない場合もあり得ることになります。

また、具体的な事実の摘示のない写真掲載にとどまった場合には、侮辱罪が成立する可能性があります。刑法は、侮辱罪について「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。」と定め、社会的評価(名誉)を低下させた場合に犯罪が成立するとしています。

会社が、写真掲載するだけであっても、不特定多数の人に、「この人は何らかの犯罪を犯した」と印象付ける効果があり、その人の社会的評価(名誉)を低下させるに十分といえ、侮辱罪が成立する可能性があることになります。

以上の名誉毀損罪及び侮辱罪は、親告罪とされており、当該写真を掲載された人からの告訴がなければ起訴することができない犯罪になっています。

ところで、写真掲載は、肖像権(その内容は後述するとおりです)侵害も問題になりますが、刑事法上、肖像権侵害を処罰する規定がないため、仮に肖像権を侵害しても犯罪行為に当たりません。

以下、「会社が対抗手段としてカスハラ加害者の顔写真や動画をSNSなどで公開するのは許されますか?(下)」に続きます。

弁護士 能勢章

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この記事を監修した人

能勢総合法律事務所代表弁護士。
私は従業員の精神が破壊されないよう、当事者に寄り添い、事件を解決することで悩みや不安を和らげ、新たな第一歩を踏み出すお手伝いをしたいと考えています。

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