BtoCの企業においては、クレーム対応も従業員の対応能力の重要な要素とされていて、カスハラの処理も業務の一環と言えます。接客業務を行っている限り,カスハラ問題は避けて通ることができず、災害と同じくいつ生じるか分からないものの、備えておかなければならないものだと言えます。
このように避けて通れないカスハラ問題にうまく対応できないと従業員の離職が多い傾向があると言われます。現場従業員がカスハラを理由に離職するのは会社のカスハラ対策に不満があるからです。中途半端なカスハラ対策では現場従業員の離職を防ぐことはできないのですが、現場従業員も安心できるカスハラ対策を考えるには、まずカスハラ案件を扱う現場従業員が何を望んでいるのかを把握することが重要です。
2024年4月、JR東日本は、カスハラ加害者に対しては「対応しない」との方針を対外的に公表しています。最近、同様の方針を公開する企業が増えてきました。
確かに「対応しない」という毅然とした方針は会社がカスハラを許さないという断固たる姿勢が示すことで、潜在的なカスハラ加害者に対する抑止効果になるとともに、現場従業員に対しても、カスハラ加害者に対応しなくても自分の責任にはならないと伝えることにもなりますから、現場従業員の安心感を高めるうえで一定の効果があると言えるでしょう。
しかしながら、「対応しない」との方針が公表されるとしても、「対応しない」というのは要するに接客を拒否するということになりますから、現場従業員がカスハラ加害者に対して「あなたはもう客ではありませんから、ここから出て行ってください。」と告知しなければならないことになります。このような告知はカスハラ加害者の怒りに火を注ぐことになりかねず、カスハラ対応に悩む現場従業員がそのような対応をするのはなかなか難しいのが現実だと思います。
また、カスハラ被害のための相談窓口を設置している会社も増えてきました。
確かにカスハラを受けた従業員はどのように対応していいかわからないことが多く、カスハラとクレームの区別も定かでないことも少なくないので、相談窓口で話すことで現場従業員の精神的な負担が和らぐ可能性もあると言えるでしょう。
しかしながら、相談を受ける側の経験や知識が浅いと、相談してもどう対応していいかの効果的な助言が得られない可能性があります。そうなると、余計に現場従業員の不安が増すことになるかもしれません。一般にカスハラ対応を行うには、マニュアルの知識が深いとか、法律に詳しいとかだけでなく、自らがカスハラ対応を相応に行ってきた経験が重要です。そういった経験を踏まえた助言を行うことで問題解決につながると言えるので、そうでなければ、問題の解決には近づくことはできません。
さらに、カスハラ対応マニュアルを作成する会社も増えています。
確かにマニュアルがあれば、現場従業員にとって、今後なすべき行動が事前にある程度分かり、適切に対応できる場面もあるでしょう。また、現場従業員が対応の中でカスハラとクレームを区別することもできる場合もあると思います。
しかしながら、マニュアルがあれば解決するでしょうか。そうとも限りません。カスハラ加害者はこちらの予想外の言動を行うことがよくあり、そのような場合にはどのように対応していいか判断に迷うことになります。相談窓口に相談しても、マニュアル以上のことはできないことが多く、結局は様子見という対応にもなりかねません。
このように、基本方針の対外的な公表、相談窓口の設置、マニュアルの作成はいずれも相応に機能するのですが、それらだけでは完璧とは言えず、それらだけでは現場従業員の不安が大きく解消されることはないでしょう。
それでは、どのような対応にすれば現場従業員の不安が解消されるのでしょうか?
現場従業員は、カスハラ対応しているときにおそらく一番願うことは、目の前のカスハラ加害者がいなくなることです。事件として解決すればいなくなるでしょうが、そう簡単には解決しません。現実的には、誰かが現場従業員に代わってカスハラ加害者の対応を行うしかないのです。他の誰かにカスハラ対応を行ってもらえれば、現場従業員の不安は大きくやわらぐでしょうが、そうすると、カスハラ対応を上司が引き取るということが必要になるでしょう。予めそういうルールになっていれば、現場従業員には、いざとなったらカスハラ対応を引き取ってもらえるという安心感が生まれるので、会社に守られていると感じることでしょう。
従いまして、基本方針の公表、相談窓口の設置、マニュアルの作成に加えて、カスハラ対応がある一定の段階になったら、上司が引き取ってカスハラ対応を行うという体制を予め構築することが重要だと思います。
ただし、カスハラ対応には、対応能力の差によってより状況が悪化する可能性もあり、上司が引き取ったとしても必ずしも解決するとは限りません。また、上司のところに来る段階では既に状況が悪化していることが多く、経験豊富な上司が対応しても手におえず、上司自身も精神的に潰れてしまう可能性すらあります。そのため、そのような場合には、最後の砦として、専門の弁護士に依頼できる体制も整えておくことが効果的であると思われます。
弁護士 能勢章