2023年9月1日に「心理的負荷による精神障害の認定基準」が改正されて,カスハラも労災認定の対象となりました。最近のカスハラの社会問題化の状況に鑑みれば、いずれカスハラで労災認定される事例が出てくるだろうと思っていましたが、2024年7月23日の読売新聞等の報道によると,千葉県の住宅販売メーカーの「ポラス」で働いていた従業員が客からの迷惑行為を受けたカスハラなどが原因として、柏労働基準監督署が労災認定していたのことです。柏労働基準監督署は顧客らから著しい迷惑行為によって、強い心理的負荷がかかり精神疾患を発症したことが原因として2023年10月に労災と認定したとのことです。その従業員は、顧客から「そんなんじゃ銭なんか払えねえぞ」「すいませんで済むか、おめえ」などと執拗に叱責を受けたとのことです。柏労働基準監督署は「強い心理的負荷がかかり精神疾患を発症した」とし,労災認定しました。
カスハラに関する労災認定は,業務に対する心理的負荷の強度によって判断されるのですが、心理的負荷の強度として,「弱」、「中」、「強」の3段階あります。「弱」「中」「強」の違いは、誤解を恐れずにざっくり言うと、「人格や人間性を否定するような言動」などの迷惑行為を反復継続していたものが「強」で、「人格や人間性を否定するような言動」などの迷惑行為が半福継続していないものが「中」で、「中」に至らない迷惑行為が「弱」とされます。
但し、「中」に当たるような行為でも一定の場合には「強」になる可能性があるので注意が必要です。「人格や人間性を否定するような言動」などの迷惑行為が反復継続していたものだでなく、「中」程度の迷惑行為を受けたときでも、「会社に相談しても又は会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく改善がなされなかった場合」には、「強」になります。そのため、会社の相談窓口などのカスハラ防止体制が整っていない場合には、反復継続性のない単発の迷惑行為であっても「強」になる可能性があるのです。
また、「会社の対応の有無及び内容、改善の状況等」は、「心理的負荷の総合評価」で評価されるポイントにもなっています。
そのため、労災を防ぐ観点からも、会社としてのカスハラ防止体制を構築することが必要とされます。なお、カスハラに関する労災認定については、カスハラと労災認定についてで詳しく述べています。
本件事件では、カスハラが「強」になる場合でないと労災認定されませんから、「強」に認定されたのでしょう。
具体的な事情が明らかではないのですが、上記の読売新聞の報道では、会社側の対応も問題視されており、クレームを受けた際の相談・報告体制のルールが会社側になかったとの指摘もなされていますから、会社としては、適切なカスハラ防止体制を構築していなかったことが労災認定に影響した可能性があります。
適切なカスハラ防止体制を構築することは、従業員を守るために必要なのは当然なのですが、それだけでなく、労災認定されるような事態を防ぐためにも必要なのです。
さらに言えば、私見ですが、本件のようなカスハラ事案では、仮にいくら社内でカスハラ防止体制を整えていたとしても解決することが困難であったと思われます。住宅建築のような高額かつ長期の契約の場合には、スーパーマーケットでの「出入り禁止」のように、「もう顧客対応しない」ということがやりにいという事情があります。どうしても社内の従業員の誰かが担当せざるを得ませんから、従業員の対応能力によっては状況が悪化する可能性もあります。住宅価格が高額なこともあって、会社側から契約を解除するということも難しいでしょう。とりわけ会社側の当初の対応に一定の落ち度があった場合には、余計に解除しにくいと言えます。そういう場合には、クレーム処理についてはカスハラ専門の弁護士に依頼し、会社の従業員は契約の履行に集中するという役割分担を行うことが適切だったと思います。
従いまして、適切なカスハラ防止体制を社内で構築するだけでなく、社内の従業員では対応困難な場合には、カスハラ専門の弁護士に依頼することも必要だと思われます。
弁護士 能勢章