カスハラが社会問題化するにつれて,従来のクレーム対策に加えて,カスハラ対策を講じる会社が増えてきました。そもそもなぜカスハラ対策を行うことが重要なのでしょうか。いろいろと理由があるのですが,本ブログにおいては,以下,① 離職の増加,② 労災認定の対象,③ 安全配慮義務の3つの点から述べたいと思います。
➀ 離職の増加
カスハラが多い職場というのは,現場従業員の離職率が上がるとされています。人手不足が多い業界というのは,カスハラが多い職場であると言っても過言ではありません。カスハラ対策が不十分で,カスハラが生じてしまうと,現場従業員の離職が増加し,サービスの品質の低下を招き,余計にカスハラが生じかねない状況になりかねず,まずます離職が増えるといった悪循環が生じる可能性があります。離職を防ぐには,賃金の増加だけでなく,現場の従業員が会社が十分なカスハラ対策を講じていて,カスハラから守られていると感じられることが必要なのです。
② 労災認定の対象
また,2023年9月に「心理的負荷による精神障害の認定基準」が改正されて,カスハラも労災認定の対象となりました。2024年7月23日の読売新聞等の報道によると,千葉県の住宅販売メーカーで働いていた従業員が客からの迷惑行為を受けたカスハラなどが原因として、柏労働基準監督署が労災認定しました。柏労働基準監督署は顧客らから著しい迷惑行為によって,強い心理的負荷がかかり精神疾患を発症したことが原因として2023年10月に労災と認定したとのことです。その従業員は、顧客から「そんなんじゃ銭なんか払えねえぞ」「すいませんで済むか、おめえ」などと執拗に叱責を受けたとのことです。柏労働基準監督署は「強い心理的負荷がかかり精神疾患を発症した」とし,労災認定しました。詳細は,住宅販売メーカー「ポラス」に起きたカスハラ事件で、労災認定されたことから言えることをご覧ください。
労災認定は,基本的には心理的な負荷の強弱によって決まるのですが,「会社の対応の有無及び内容,改善の状況等」が「心理的負荷の総合評価」で評価されるポイントにもなっていますから,カスハラ対策やカスハラ対応も労災認定という点でも重要になります。詳しくはカスハラと労災認定についてを参照してください。
③ 安全配慮義務
さらに,これは新しい話ではないのですが,カスハラ対策を十分に行わないと,会社は従業員に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。安全配慮義務とは,労働者が安全・健康に労働できるよう配慮する義務のことです。
東京地裁平成30年11月2日付判決では,会社の安全配慮義務違反の有無が争われました。スーパーマーケットでポイントの後付けを拒否したことをきっかけにレジ担当の現場従業員と顧客との間でトラブルが生じたという事案なのですが,同判決では,事前にカスハラ対策が講じれていた否かを重視していました。具体的には,苦情対応のマニュアル配布と指導がなされていたこと,相談体制が整えられていたこと,トラブル時に指導や対応を求める体制が整えられていたこと,深夜時間帯には2人の勤務体制が取られていたことといったカスハラ対策が事前に講じられていたこともあって,安全配慮義務に違反しないとされました。詳しくは,カスハラに関する判例からカスハラ対策を考える(上)及びカスハラに関する判例からカスハラ対策を考える(下)を参照してください。
他にもカスハラ対策を講じておくべき理由はありますが,少なくとも上記の3つの点からカスハラ対策として非常に重要なのです。
弁護士 能勢 章