ひと昔前までは、カスハラ事案が生じた場合、会社としては、「面倒な顧客をうまくさばいてくれ」という態度で、一部の従業員に任せきりで放置するか、もしくは、一部の従業員にとりあえず謝罪の指示だけ行うということがあったようです。
それでうまくいった場合もあるでしょうが、中には、精神的苦痛を感じて辞める人もいました。近年は人手不足が叫ばれており、そうしたことで退職されると困りますから、会社としては、現場の従業員の精神的な苦痛を緩和する必要があります。
そもそも現場従業員に寄せられたクレームは、会社としての業務に関連して出されたものですから、組織としての回答が必要です。現場の従業員がその場しのぎの対応をしても、カスハラ加害者は納得しません。より強硬に嫌がらせを行う可能性もありますから、組織としての回答をしなければなりません。
会社としては、組織的な対応を全面に出すことによって、カスハラ加害者の視線を個々の従業員に向けさせるのではなく、会社そのものに向けさせることができます。カスハラ加害者の個々の従業員の行動に焦点が合うと、その一挙手一投足に目が行きやすく、揚げ足を取るなどして、よりカスハラ行為が悪化する可能性すらあります。
会社として、事前にカスハラに対する基本的方針を策定し,それを社内で共有するだけでなく、社外に対してもそれを公開しておくとよいでしょう。それによって、現場の従業員としては、カスハラ加害者に対して「自分個人としての判断ではなく、会社がこのような基本方針のもとでやっているので、あなたの希望には応じられない。」などと言うことができます。組織としての方針を全面に出すことで、不当な要求を断りやすいようにしておくことができるのです。
カスハラ対応においては、個々の従業員の対応能力によって結果に差が出てしまうのはよくあることです。だからといって、対応能力のある従業員にばかり頼るわけにはいきません。組織的な対応を行うためのマニュアルがあれば、個々の従業員の対応能力の差に左右されることなく、統一的な対応を行うことができます。「あの従業員はここまでやってくれたのに、あなたはやってくれない。」などといったクレームを防ぐことも可能となるでしょう。
複数人対応の原則や相談窓口の設置を行うことも組織的な対応の一環として必要なのですが、これらも現場従業員の精神的な苦痛を緩和することに役立つでしょう。
従いまして、カスハラ事案において、現場の従業員の精神的な苦痛を緩和するともに、事前に決められた方針に基づくカスハラ対応を行いやすくするためには、組織的な対応が非常に重要であると言えます。
弁護士 能勢章