無断で録音・録画することは顧客のプライバシー権を侵害しないのか
カスハラを受けた際に、企業側としては、後日の証拠にするために秘密裡に録音・録画することがあります。このような場合の無断録音・録画は違法にならないのでしょうか。
一番重要なのは、無断で録音・録画をした場合に、カスハラを行う相手のプライバシー権を侵害して違法にならないのかという問題があります。
近年、ICレコーダーやスマートフォン等を用いれば、簡単な操作で手軽に録音が可能な状況にあります。また、秘密裏に防犯カメラで撮影することもあるでしょう。
ここで、プライバシー権とはどういうものか確認しておきましょう。
プライバシー権は、従来、「私生活をみだりに公開されない法的保障ないし権利」(例えば「宴のあと事件」・第1審)という考え方が唱えられていましたが、インターネットの普及により、個人に関する情報のデータ化が進んだり、拡散がなされたりしている状況を踏まえ、最近では、「自己に関する情報をコントロールする権利」という考え方が有力になっています。いずれの考え方でも、プライバシー権は、憲法13条の幸福追求権の一つとして保障されています。
そこで、本稿でも、「プライバシー権とは、自己に関する情報をコントロールする権利である」と解することにします。
このように、プライバシー権を考えた場合、公開や公表を伴わない場合であっても、違法性が問題になり得ると解されています。
そうしますと、自己に関する情報には個人情報も含まれますから、個人情報の保護に関する法律2条1項に規定する「個人情報」の定義及び個人情報保護委員会・「個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます)についてのガイドライン」に関するQ&A(以下「ガイドラインQ&A」といいます)のA1-12に照らせば、個人の音声(発言内容)、声紋、動作、顔の容貌も、個人情報の一つとしてプライバシー権の対象であると考えられます。
では、企業側が、カスハラをする顧客と従業員のやり取り(会話)の際に、その状況を無断で録音・録画することは、どう考えたらよいのでしょうか。
このような場合の秘密の録音・録画は、従業員がそのやり取り(会話の内容)を記憶していることとそれが録音・録画されることとの間には質的な違いがありますから、会話の自由はプライバシー権の重要な一部をなすといえます。
相手が従業員にクレームをつけるのがカスハラに当たるとしても、個人情報や会話の自由もプライバシー権の対象であると考えられますので、無断録音・録画は顧客のプライバシー権の侵害になり得ます。
もっとも、企業側がクレームを無断で録音・録画することは、原則としてプライバシー権を侵害するとは解されないとする考え方もあります。企業側にとってはクレームに対する適切な対応をするために録音・録画する必要性があり、相手にとっても企業側にクレームの内容を適切に理解してもらうためには、録音・録画されることに一定の利益があるというのが、その理由とされています。
しかし、一般人同士における秘密録音(録画)の場合ならともかく、企業と一般人の場合では、一般人たる顧客の側にもクレームをつけるだけの合理的な理由がある場合も考えられるため、双方に「録音・録画されることに一定の利益がある」という説明では、到底顧客を説得できないでしょうし、それで顧客の側も納得するとは考えられません。
クレームをつける顧客に録音・録画の承諾を求めることは、相手の反発を買うことが予想されるため、通常はその承諾を求めることは控えることになりましょう。
むしろ実態に即して考え、クレームの内容や状況が後日争いになった場合に、録音・録画をしていなければ、「言った」「言わない」の水掛け論に終始してしまうことになり、他に証拠となるべきものも見いだしにくいため、代替証拠がない場合には客観的な証拠を残す必要性が高く、法的に紛争を予防・解決するためには、無断録音・録画が唯一の重要な証拠となるといえます。
このように考えますと、無断で録音・録画することによって相手のプライバシー権を侵害することになるとはいえ、企業側の自己防衛の観点から、他の重大な法益を保護するために必要不可欠である場合には、正当防衛の法理により、違法性が阻却されると解されます。
そうしますと、上記の場合には、相手のプライバシー権を侵害するとはいえ、違法性が阻却されるため、企業側は、不法行為責任を負わないことになります。
ただし、従業員が相手の正当な訴えの機会を利用して、クレーマーになるように誘発したり、あるいは従業員の対応の不手際から、相手が態度を硬化させて、カスハラに当たる言動に走らせた場合には、むしろ相手のプライバシー権を侵害したものとして、不法行為が成立する可能性もあります。
なお、無断録音・録画については、個人情報保護法に違反するか否かも問題になります。
個人情報保護法21条1項は、「個人情報取扱事業者は、個人情報を取得する場合は、あらかじめその利用目的を公表している場合を除き、速やかに、その利用目的を、本人に通知し、又は公表しなければならない」と規定しています。そして、会話(通話)内容から特定の個人を識別することが可能な場合には、個人情報に該当します(個人情報保護法2条1項、ガイドラインQ&AのA1-1、A1-10、A1-11、A1-12参照)。
したがって、個人情報に該当する場合、個人情報取扱事業者(民間企業)は、個人情報保護法上、利用目的を通知又は公表する義務を負うことになります(ただし、録音していることについて伝える義務までは負いません(ガイドラインQ&AのA1-10))。
個人情報保護法21条4項は、上記の利用目的の通知、公表について「適用しない」とする例外規定を設けています。すなわち、クレーム対応のために無断録音・録画することは、「利用目的を本人に通知し、又は公表することにより当該個人情報取扱事業者の権利又は正当な利益を害するおそれがある場合」(個人情報保護法21条4項2号)又は「取得の状況からみて利用目的が明らかであると認められる場合」(個人情報保護法21条4項4号)に該当すると考えられるため、利用目的の通知、公表をする必要はないと解されることになります。その趣旨は、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が、カスハラ発生状況を迅速に把握するため、「必要に応じて電話を録音する、接客の状況を録画する」としていることにも表れています(41頁)。
ただし、クレーム対応のための無断録音・録画が個人情報保護法に違反しない場合でも、個人情報保護法は行政法規であり、プライバシー権が個人情報を含む広い概念であるため、プライバシー権の侵害を理由に、民法上の不法行為の成立が認められることは当然あり得るものと解されます。
本稿では、無断で録音・録画することは顧客のプライバシー権を侵害しないのか、無断録音・録画については、個人情報保護法に違反しないのかなどについて説明しました。
現在では、カスハラという言葉が広く知られるようになり、顧客に対するクレーム対応が注目されるとともに、社会問題にもなっていますので、カスハラ問題を正しく理解する必要性が高まっているといえます。
カスハラ対応に頭を悩ませている企業はもちろん、カスハラを疑われてお困りの方も、ぜひ、カスハラ問題に精通している当事務所にご相談下さい。