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カスハラに直面したとき、上司が部下に謝罪を強要することは許されない(参考判例紹介)

過去には、会社としては、「面倒な顧客をうまくさばいてくれ」という態度で、謝罪する必要もないのに上司が従業員に謝罪するように強要するということもあったかと思います。もちろんそれでうまくいくときもあったかもしれませんが、その処理を行った従業員の中には精神的苦痛を感じて辞める人もいました。

このような謝罪の強要に関して、カスハラそのものの事例ではないのですが、参考になる判例(甲府地方裁判所平成30年11月13日判決)があります。上司が必要もないのに謝罪を強要した場合には、会社が損害賠償責任を負うとしたもので、カスハラ対応に対しても非常に示唆に富むものと言えます。

1 事案の概要

判例の事案の概要は以下のとおりです。

〇月26日、教諭Aは、甲府市内の公立小学校の教諭をしていたところ、地域防災訓練の会場に向かう途中、担任の児童宅に立ち寄った際、児童宅の飼い犬に咬まれて約2週間の治療を要するケガを負いました。Aは、これを校長に電話で報告した際、公務災害となるか尋ねたところ、校長は公務災害にはならないという趣旨の話をしました。

〇月27日、Aは児童の母に電話で「賠償保険という保険に入っていたら、使わせていただきたい」などと話したところ、児童の母は、保険に入っていないと答え、治療費はいくらかかったかを尋ねました。Aは、保険に入っていないのであれば仕方がないと思いましたが、今後同じような事故が起きた場合の備えとして、児童の母方の祖父が旅行会社を経営していて保険に詳しいと思ったことから、そうした保険のことについて「ご相談なさってみてはいかがでしょうか」などと話しました。

〇月28日、児童の父母は、保険に加入していなかったため、Aの自宅を訪問して謝罪し、治療費の支払を申し入れましたが、Aは、気持ちだけで十分であると述べてこれを辞退しました。Aの妻は、児童の父母が帰る際、「学校教員は、教育的なことの中で、言いたいことも言えないが、そういうことはご理解いただきたい」という趣旨の発言をしました。

〇月29日朝、Aは、校長に対して事件についての報告書を提出しました。報告書には、児童の母に対して「賠償責任というような保険に入っていたら使って頂きたいのですが、そうすれば保険屋さんと話ができます。」と話したことが記載されていたのだが、校長はこれを読んでAが児童の母に対して「賠償」という言葉を使ったことなどを非難した。

同日夕方、児童の祖父及び父が学校を訪れて、校長室で、校長及びAと面談しました。児童の父と祖父は、校長及びAに対し、前夜A宅を訪問した帰り際に、Aの妻から「そうは言っても補償はありますよね」などと言われ、その口調や態度などから脅迫されていると感じ、児童の母が、怖くて外に出られず床に臥せっているなどと言いました。児童の祖父は、「白黒をしっかりつけたいと思って婿(児童の父)と来た」などと言い、校長から見せられた報告書に「賠償」という言葉が記載されていることについて、「地域の人に教師が損害賠償を求めるとは何事か」などと言ってAを非難しました。児童の祖父はAに対し、「強い言葉を娘(児童の母)に言ったことを謝ってほしい」などとして謝罪を求め、児童の父も同調しました。児童の祖父は、犬咬み事故の賠償の件については、「金は払う」などと言いましたが、Aは、前日に児童の父母から謝罪を受けて解決しているとして、「それは受け取れません」などと述べました。校長は、Aの児童の母に対する発言に行き過ぎがあったとして、Aに対して、児童の父と祖父に謝罪するよう求め、Aは、ソファーから腰を降ろし、床に膝を着き、頭を下げて謝罪しました。校長は、児童の父と祖父が帰った後、Aに対し、「会ってもらえなくても、明日、朝行って謝ってこい」と言い、翌日に児童宅を訪問し、児童の母に謝罪するよう指示しました。

〇月30日早朝、Aは「学校に行けない」と叫んでうずくまったため、Aの妻は、Aが通院していたクリニックに連れて行きました。AとAの妻は、医師に対し、Aが犬咬み事故の被害者であるにもかかわらず、児童の保護者や校長から一方的に悪者にされたことでひどく動揺したと話し、Aの妻は、Aの不眠が悪化していると話しました。医師は、病名をうつ病と診断し、×月5日まで自宅療養が必要と認める旨の診断書を発行しました。

×月4日、Aはクリニックを受診しましたが、極めて強い不安表情を示し、体を震わせて、時折号泣して取り乱し、怯えるように「校長が怖い」と繰り返していました。Aは、同日から傷病休暇を取得しました。

×月4日又は6日の夜、校長は、ファミリーレストランでAの妻と会い、Aの妻からAの状態について聞くとともに、Aが傷病休暇を取得していたところ、うつ病という診断で傷病休暇を取ると教頭の登用に影響するから、年次休暇を取った方がよいなどと話しました。

×月6日、Aは、クリニックを受診しました。医師は、Aの病状が著しく悪化し、自殺も懸念されたため、Aに対して入院を勧めました。

Aは、×月10日から同月29日まで、同医師が週2日勤務する病院の閉鎖病棟に入院しました。

その後、Aは、「8月29日夕方校長室でAに謝罪を要求したこと及び児童の母に謝罪するよう指示したこと」などについて、校長からパワハラを受けてうつ病を罹患し、休業し、精神的苦痛を受けたなどと主張して、Aが勤務していた公立小学校を設置する甲府市に対しては国家賠償法1条1項に基づき、教員の給与を負担する山梨県に対しては同法3条1項に基づき、約500万円の損害賠償を請求しました。

2 判決の内容

判決は、職場のパワー・ハラスメントとは、

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・肉体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう」

としたうえで、

「こうしたパワハラの定義に該当する行為があっても、それが直ちに不法行為に該当するものではないと解され、それがいかなる場合に不法行為としての違法性を帯びるかについては、当該行為が業務上の指導等として社会通念上許容される範囲を超えていたか、相手方の人格の尊厳を否定するようなものであったか等を考慮して判断するのが相当である」

としました。

そのうえで、「8月29日夕方校長室でAに謝罪を要求したこと及び児童の母に謝罪するよう指示したことについて」については、

「客観的にみれば、原因は犬咬み事故の被害者であるにもかかわらず、加害者側である児童の父及び祖父がAに怒りを向けて謝罪を求めているのであり、Aには謝罪すべき理由がないのであるから、Aが謝罪することに納得できないことは当然であり、校長は、児童の父と祖父の理不尽な要求に対し、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動した。」

とし、そして、この行為は、

「Aに対し、職務上の優越性を背景とし、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱したものであり、Aの自尊心を傷つけ、多大な精神的苦痛を与えた」

としました。

その結果、

「したがって、上記の校長の言動は、Aに対するパワハラであり、不法行為をも構成する」

というものでした。

3 カスハラ事案においても、無理やり謝罪をさせた場合には、会社が損害賠償責任を負う可能性があること

児童の父及び祖父は、8月29日夕方小学校の校長室において、「地域の人に教師が損害賠償を求めるとは何事か」などと言ってAを非難し、「強い言葉を娘(児童の母)に言ったことを謝ってほしい」などとして謝罪を求めました。これに対し校長は、Aに対して、児童の父と祖父に謝罪するよう求め、Aは、ソファーから腰を降ろし、床に膝を着き、頭を下げて謝罪しました。

本判決は、校長がAに謝罪を要求したことは、児童の父及び祖父の理不尽な要求に対し、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動し、Aに対し、職務上の優越性を背景とし、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱したものであり、Aの自尊心を傷つけ、多大な精神的苦痛を与えたもので、パワハラであり不法行為に当たるとしました。

本事例では、児童の保護者からの教諭Aに対する言動において、児童の保護者は広い意味で顧客側に類似する立場であり、かつ、犬咬み事故の加害者から被害者Aに対し理不尽な言動がなされたものとして、カスハラに該当すると見ることができます。

以上によれば、教諭Aが児童の保護者からカスハラと見うる理不尽な言動を受けていたにもかかわらず、校長がAに対し一方的に謝罪を要求し、事実関係を冷静に判断して適切な対応をしなかったことが、不法行為に当たると認定されたのです。

本事例は、学校における管理職(校長)と部下教諭という関係ですが、企業の場合でも参考になります。

カスハラに直面したときに、カスハラ加害者から執拗に攻め立てられていると、上司が事を穏便に収めるために、無理やり担当従業員に謝罪させるということも現実にはあると思います。

しかしながら、少なくとも本事例のように、事実関係や要求内容の妥当性を検討することなく、上司が担当従業員に無理やり謝罪をさせるのは問題があると言わざるを得ません。

事実関係や要求内容の妥当性を検討したうえで、顧客の要求が不当なものであると判断されるのであれば、会社として毅然とした態度で謝罪要求を拒否すべきでしょう。

本事例は事実関係や要求内容の妥当性を検討することなく上司が謝罪を強要したという点で、同様の行為をカスハラ事案において会社が行った場合には、会社には従業員に対する損害賠償責任が認めれる可能性があることが示唆されていると言えます。なお、カスハラ加害者に謝罪することの問題点については、カスハラ加害者をなだめるためにとりあえず謝罪してしまいたいが、本当にそれでいいのか? において述べたのでご参考ください。

弁護士 能勢章

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弁護士 能勢 章

この記事を監修した人

能勢総合法律事務所代表弁護士。
私は従業員の精神が破壊されないよう、当事者に寄り添い、事件を解決することで悩みや不安を和らげ、新たな第一歩を踏み出すお手伝いをしたいと考えています。

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