(以下、「カスハラ加害者から「誠意を見せろ」と言われたら、どのような場合に犯罪が成立するのか?(上)の続き)
3 具体的にどのような場合に犯罪が成立するのか。
カスハラ事案において、どのような場合に脅迫罪、恐喝罪又は強要罪は成立するのでしょうか。以下、具体的に場合を分けて説明します。
(1)机をたたくなどして、「誠意を見せろ」と発言した場合
机を叩くという行為は、相手を威嚇するものであり、この行為と「誠意を見せろ」という発言とが相まって、相手が何らかの対応をしなければ、暗に「机を叩く」だけでは済まない旨をほのめかすものとして、相手に恐怖心を感じさせる程度と見る余地があります。
そうした場合には、脅迫罪が成立する可能性があります。しかし、金品の要求をする趣旨や、義務なきことを命じたり、権利行使を妨害する趣旨まで含まれていると見るのは難しく、恐喝罪や強要罪には問えないでしょう。
(2)大声を出して「誠意を見せろ」と発言した場合
大声を出す行為は、相手を威嚇するものであり、この行為と「誠意を見せろ」という発言とが相まって、相手が何らかの対応をしなければ、暗に「大声を出す」だけでは済まない旨をほのめかすものとして、相手に恐怖心を感じさせる程度と見る余地があります。
そうした場合には、脅迫罪が成立する可能性があります。しかし、金品の要求をする趣旨や、義務なきことを命じたり、権利行使を妨害する趣旨まで含まれていると見るのは難しく、恐喝罪や強要罪には問えないでしょう。
(3)ナイフを示しながら「誠意を見せろ」と発言した場合
ナイフを示す行為は、それだけで相手を脅すものであり、この行為と「誠意を見せろ」という発言とが相まって、相手が何らかの対応をしなければ、「ナイフを示す」だけでは済まない旨を行動で示しているものとして、相手に恐怖心を感じさせるものと見るべきです。
したがって、脅迫罪が成立することになります。そして、「ナイフを示す」という切羽詰まった行動に走らせた背景を考えますと、「誠意を見せろ」という言葉だけでは、自分の目的を実現できないために、ナイフを示すことで、相手に対し、金品や利益の要求あるいは義務なきことを命じたり又は権利行使の妨害を暗示していると見ることができます。
したがって、カスハラ事案の背景事情によっては、恐喝罪又は強要罪が成立する可能性があります。
(4)数人で取り囲んだ上、「誠意を見せろ」と発言した場合
数人で取り囲む行為は、相手を威圧するものであり、この行為と「誠意を見せろ」という発言とが相まって、相手が何らかの対応をしなければ、暗に「数人で取り囲む」だけでは済まない旨をほのめかすものとして、相手に恐怖心を感じさせる程度と見る余地があります。
そうした場合には、脅迫罪が成立する可能性があります。しかし、金品や利益の要求をする趣旨まで含まれていると見るのは難しく、恐喝罪には問えないでしょう。
ただ、あえて「数人で取り囲む」行為に及んだ場合には、従業員や担当者に対し、自分たちの顔が立つようにけじめを求めているとも受け取れ、強く謝罪を求めている状況ともいえます。したがって、従業員なり、担当者が、数人に取り囲まれて恐怖心を感じ、その場をおさめるためには、顧客の気のすむように平身低頭謝るしかないと考え、「土下座」をしたところ、その場がおさまったという場合には、顧客側は、暗に「義務なきことを命じた」ものとして、強要罪が成立する可能性があります。
(5)金額の交渉中に「誠意を見せろ」と発言した場合
「誠意を見せろ」という発言だけでは、上述したように、「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し」害を加える旨を告知したことにはなりません。
しかし、金額の交渉中となれば、少し事情が違ってきます。金額の折り合いがつかないため、顧客側は金額の上乗せを求め、従業員側あるいは担当者側が提案より低い金額を提示していた場合に、「誠意を見せろ」という発言が出たとすれば、暗に自分の提示する金銭を要求する趣旨と解されるからです。
そうはいっても、これが害悪の告知に当たると見るのは、カスハラ事案の背景に特別な事情がない限り、やはり難しいと思われます。
したがって、いずれの罪にも問えないでしょう。
(6)筆記用具と紙を出して相手に渡し、「誠意を見せろ」と発言した場合
これは、紙に何かを書かせる意図となりますが、あらかじめ紙に記載されている内容によって、成立する犯罪が分かれると考えられます。
そして、顧客が、突然、筆記用具と紙を出して相手に渡すとは考えられませんので、それまでの経緯から、最終的な解決手段として、何が何でもサインをさせようとする意図がうかがわれ、相手の意思を無視して、相手を従わせようとする強い態度に出たものと考えられ、相手に恐怖心を感じさせて「サイン」を求めていると見る余地があります(サインの求めに応じなかった場合は、未遂ということになります)。
なお、脅迫を手段として、下記の犯罪が成立する場合は、脅迫罪は成立しません。
金銭の支払約束の内容であれば、恐喝罪(刑法249条2項)又は恐喝未遂罪が成立する可能性があります。
債務免除あるいは支払猶予の内容であれば、恐喝罪(刑法249条2項)又は恐喝未遂罪が成立する可能性があります。
謝罪文であれば、強要罪又は強要未遂罪が成立する可能性があります。
(7)指定暴力団や右翼に所属していることを知っている相手に対し、「誠意を見せろ」と発言した場合
指定暴力団や右翼の威を借り、あるいは後ろ盾にして、「誠意を見せろ」と発言しているわけですから、相手がこちらの求めに応じなければ、このままでは済まない旨を暗示しているものとして、相手に恐怖心を感じさせる程度と見ることができます。
そして、金銭問題が背景にある場合には、暗に金銭の要求をしているものといえ、恐喝罪又は恐喝未遂罪が成立する可能性があります。
4 まとめ
本稿では、顧客が「誠意を見せろ」と発言したとき、カスハラ事案で想定されるケースについて、何らかの犯罪が成立するのかなどについて説明しました。
お分かりいただけたでしょうか。
現在、カスハラ事案が社会問題になっており、特に企業側のクレーム対応の難しさが指摘されています。
カスハラ事案で犯罪が成立するのであれば、刑事告訴を検討したいと考えておられる企業はもちろん、カスハラを疑われて、罪に問われるのではないかと心配されている方も、ぜひ、カスハラ問題に精通する当事務所にご相談下さい。
弁護士 能勢章